学芸員エッセイ その8 「吉田松陰を訪ねて」

吉田松陰を訪ねて

 筆者は、昨年の12月に続いて今月も東京に行ってきた。目的は、前回と同じで①演劇鑑賞、②史跡めぐり、③新選組をモチーフとした飲食店に行く―の三つである。
 今回の史跡めぐりは、現在放送中の大河ドラマ「花燃ゆ」関連にしぼった。といっても、訪れた場所は1ヵ所だけなのだが、その歴史スポットこそが東京都中央区の十思公園内にある「松陰先生終焉之地」すなわち「花燃ゆ」の主人公の兄・吉田松陰が処刑された場所である。
学芸員エッセイ「吉田松陰を訪ねて」①


 松陰は、長州出身の武士であり、幕末を代表する思想家及び教育者である。「松下村塾」において、幕末から明治にかけて活躍した人物を数多く育てたことで有名だ。「花燃ゆ」では、「龍馬伝」で高杉晋作を演じた伊勢谷友介さんがキャスティングされており、素晴らしい演技で視聴者を魅了している。
 さて、この松陰であるが、「安政の大獄」で処罰された人物としても知られている。安政の大獄とは、安政5(1858)年から翌年にかけて行われた幕府による弾圧政策のことをいう。日米修好通商条約締結や将軍継嗣問題において反対する勢力を大老・井伊直弼はことごとく取り締まった。その一環で、吉田松陰は処刑されたのである。
 松陰が弾圧の対象となったのは、幕府を批判したからである。松陰は、外国の圧力に屈して不平等条約を結んだ幕府を激しく非難し、同時に、この危機的状況を打開する人材を育てるため、塾生たちと学問に励んだ。松陰の弟子には、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文など幕末維新に活躍した人物が多数おり、やがて松陰の意志を引き継いでいくこととなる。
 萩(現・山口県萩市)の野山獄から江戸の伝馬町牢屋敷へと移された松陰は、この地で斬首刑となった。幕府批判だけでなく、安政の大獄を進めた老中・間部詮勝(まなべあきかつ)を暗殺する計画を企てたことが、死罪を決定づけてしまったという。
学芸員エッセイ「吉田松陰を訪ねて」②

 こちらの碑には、松陰の辞世の句「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」が刻まれている。
学芸員エッセイ「吉田松陰を訪ねて」③


 
 なお、漫画作品「お~い!竜馬」では龍馬と松陰が会っているが、史実では二人が対面したという記録は残されていない。龍馬も松陰も、江戸で西洋兵学者・佐久間象山の弟子になっているが、そこで会ったかどうかは不明である。
 NHKの発表によると、「花燃ゆ」では龍馬をベテラン俳優の伊原剛志さんが演じるという。登場するのは、5月3日だそうだ。非常に楽しみである。


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