学芸員エッセイ その10 「京都歴史探訪 その2」

京都歴史探訪 その2

 前回のエッセイでは、筆者が先々月行ってきた京都旅行において新選組関連の史跡を紹介した。

今回は、龍馬関連の歴史スポットを紹介する。

 最初に訪ねたのは、龍馬暗殺の現場となった近江屋跡である。現在は、当時を偲ばせるものは何も残っておらず、回転寿司店となっている。残念ながら龍馬関連の寿司ネタはなかったが、安くて美味しい店であった。
 筆者が5年前にここを訪れた時は、コンビニエンスストアが建っており、龍馬グッズなどが販売されていたものである。コンビニよりは寿司店の方が、幕末の情緒に浸れるかもしれない。

学芸員エッセイ「京都歴史探訪 その2」①

 あまり知られていないが、近江屋はもともと醤油屋であった。大政奉還に至る少し前の慶応3(1867)年10月上旬頃、龍馬は京都での寓居を「酢屋」からこの近江屋に移していたのである。酢屋は、享保6年(1721)年に創業した材木商であり、現在もそれに関連する事業を行っている。幕末期、酢屋の主人は龍馬をはじめ多くの海援隊士をかくまい、ここは「海援隊京都本部」であったという。

学芸員エッセイ「京都歴史探訪 その2」②

 酢屋のすぐ北には新選組で知られる「池田屋」もあり、当時の京都はまさに血で血を洗う動乱の地であった。そんな時期に、龍馬たちをかくまっていた酢屋の主人の勇気に敬意を表したくなる。
 さらに、龍馬の妻・お龍が独身時代に住んでいたのも、この近くである。現在は碑があるのみであるが、この地に建つお店は京都龍馬会の本部となっており、おいしいお酒を堪能しながら龍馬ファンと語り合うことが出来るオススメのスポットだ。

 また、龍馬のお墓参りをするために、霊山(りょうぜん)墓地及び霊山歴史館にも足を運んだ。お墓に行くのは2回目であるが、今回は企画展において龍馬暗殺を取り上げるので、非常に感慨深いものがある。近江屋事件で殺された龍馬、中岡慎太郎、山田藤吉は、多くの維新の先覚者とともにここに眠っている。

学芸員エッセイ「京都歴史探訪 その2」③

 霊山歴史館では、大河ドラマに合わせて吉田松陰に関する展示が充実していた。同館は、龍馬を斬ったと伝わる「桂早之助佩刀(かつらはやのすけはいとう)」など貴重な資料が多数展示されており、幕末ファンとしては何度でも来たくなる。

 将軍慶喜が大政奉還を決定し、諸藩の代表者に発表した二条城にも行ってきた。この歴史的舞台となったのは、同城の二の丸御殿とよばれる建物である。慶応3年10月13日、ここの大広間で諸侯たちを相手に慶喜が会議を行った。そして、14日、慶喜は大政奉還を受け入れ、その翌日には朝廷によってこれが勅許された。日本の歴史は大きく動いたのである。260年以上にわたる江戸幕府、そして700年近く続いてきた日本の武家政権を終了させた慶喜の心中はいかなるものであったことか。(もっとも、慶喜としては大政奉還後も政治力が確保されるとにらんでの政権返上であったと思われる)

学芸員エッセイ「京都歴史探訪 その2」④


 今回の京都旅行の収穫も反映させた企画展「龍馬生誕180年記念『龍馬の歩み展 最終章 ~京都へ~』」は、5月30日(土)まで龍馬の生まれたまち記念館で開催中である。展示を通じて、明治維新前の激動を少しでも感じていただければ幸いである。

学芸員エッセイ「京都歴史探訪 その2」⑤


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