学芸員エッセイ その23「日野市新選組探訪vol.1」

日野市新選組探訪vol.1

 筆者は先日、東京都日野市で開催された「ひの新選組まつり」に参加してきました。これは、毎年、新選組副長・土方歳三の命日である5月11日に合わせて同月の第2土曜・日曜日に行われるイベントです。平成10(1998)年に市制35周年と土方没後135周年を記念してスタートしたこの祭は、今年で19回目を迎え、毎年多くの新選組ファン、幕末ファンでにぎわいます。
 筆者は昨年初めて参加したのですが、その盛りだくさんの内容に、たいへん満喫させていただきました。ゆえに、今年も行くことに致しました。
学芸員エッセイ 「日野市新選組探訪vol.1」
 日野市は、土方と新選組六番隊組長・井上源三郎が生まれ、局長・近藤勇や一番隊組長・沖田総司らが剣術の修業をした「天然理心流佐藤道場」があった地です。これらの歴史的要素を生かし、同市では現在、「新選組のふるさと」としての町おこしを図っています。まさに、京都と並ぶ新選組ファンの聖地といってもよいでしょう。

 祭の初日である7日、筆者はまず、新選組の衣装を着て日野市を歩くイベント「日野宿隊服散策」に参加しました。新選組といえば、ダンダラ模様で浅葱色の隊服が有名ですが(ただし、実際はほとんど使われなかったようです)、当日はこの衣装を着たスタッフやイベント参加者がたくさんいらっしゃって、さながら日野市中心部が一つのテーマパークとなったようでした。そして、この散策の過程で筆者が訪れたのが、写真下の井上源三郎資料館です。
学芸員エッセイ 「日野市新選組探訪vol.1」
 井上は、文政12(1829)年にこの地に生まれ、幼少期から剣術を学びました。新選組結成後は前述のように六番隊組長となり、副長助勤としても土方を支えました。温厚篤実な人柄で、多くの隊士から慕われていたと伝わっています。元治元(1864)年の池田屋事件や禁門の変でも奮戦しましたが、慶応4(1868)年1月に勃発した「鳥羽・伏見の戦い」で被弾、そのまま帰らぬ人となってしまいました。
 資料館には、井上が与えられた天然理心流の免許など貴重な資料が展示されており、当日は多くの観光客でにぎわっていました。なお、井上が師事した天然理心流の近藤周助は、後の局長・近藤勇の養父にあたる人物です。

 その後、筆者は「土方歳三忌」に行きました。この催しは、①午前中に石田寺で墓前法要、②午後に高幡不動尊金剛寺で講演会(ともに日野市内)―の二部で構成されるのですが、筆者は後者からの参加です。講師は歴史作家の相川司氏で、土方の生涯ついて語ってくださいました。当日の会場はほぼ満員で、土方の全国区人気を肌で感じました。
学芸員エッセイ 「日野市新選組探訪vol.1」
 この金剛寺の境内には土方の像もあり、これまた人気の観光スポットとなっています。この像は、平成7(1995)年、東京日野ロータリークラブが創立30年記念事業として建立したもので、勇ましいその姿から新選組副長としての威厳を感じることができます。像の近くには、明治21(1888)年に竣工した「殉節両雄之碑(近藤・土方の顕彰碑)」もあり、時代の激流の中で散っていった若き命を追悼していました。

 この日の夜には、新選組に関する演劇が「ひの煉瓦ホール(日野市民会館)」で開催され、筆者も鑑賞してきました。内容はシリアス系とコメディ系の2本立てでしたが、全員女性のキャストが演じる新選組の群像はたいへん美しく、かつ迫力のあるもので、まさに目の前で幕末動乱の一部始終が繰り広げられているかのような臨場感を感じました。

 次回のエッセイでは、土方歳三資料館等について紹介いたします。


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