学芸員エッセイ その55「高知県の古写真展」

高知県の古写真展

 龍馬の生まれたまち記念館では、10月17日(土)~11月13日(金)の期間中、「高知県の古写真展 ~ふるさと時間旅行~」を開催中です。筆者が以前、『土佐・須崎・吾川・高岡の昭和』という古写真集の編集に携わったことがきっかけで思いついた企画であり、今まで公にされたことがない個人のアルバム等の中に眠る県内の「歴史」を保存し、後世に継承することを目的としています。
 この企画に当たり、テレビや新聞で広く募集をかけたところ、県内外から数えきれないほどのご協力をいただきました。その中には、もう二度と見られない景色や風習、歴史に名を残した人物の若き頃の姿など、かけがえのない記録が多くあり、それらは、まさに「高知史の縮図」と言っても過言ではありません。ご協力いただきましたすべての皆様に、厚く感謝申し上げます。

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 本稿では、企画展で開催するものの中から、「交通」に関する写真を少し紹介します。当展では、主に幕末維新期から1990年代までの範囲を取り扱っており、このわずか150年でこの分野も大きく変化しました。

 江戸時代が終わり、西洋文明が入ってきた日本は、様々な分野で急激な発達を見せます。交通もまたその例外ではなく、その代表例が鉄道でした。明治という新時代が始まってわずか5年で、東京(新橋)―横浜間に鉄道が走り、やがてその路線は網の目の如く全国に広がったのです。
 高知では、明治37(1904)年5月、高知市に路面電車が開通しました。路面電車は、今でも南国市―高知市―いの町をつなぐ人々の「足」として活躍していますが、その歴史は全国的に見ても長いのです。今回の展示会では、路面電車をとらえた戦前の写真を入手することができました。それが、以下の写真で、大正末期~昭和20(1945)年の撮影で、当館が建つ高知市上町を走っているそうです。

戦前の電車通り

 沿線からほど遠い住民たちの「足」として、バスも活躍しました。昭和6(1931)年、県内に「株式会社高知バス」及び「土佐バス株式会社」が設立されると、以後、高知の各所にその路線が敷かれることとなります。マイカーが普及する前の山間部の人々にとって、行動範囲を飛躍的に向上させた重要な交通手段でした。
 展示会では、戦前のバスの写真も公開しています。それが次の写真ですが、昭和12~15年頃、高知市の五台山のふもと「法師ヶ鼻(ほうしがばな)」で撮影されました。「バス」と言っても、現在のような長方形の大型自動車ではなく、トラックほどの大きさに見えます。この法師ヶ鼻は、かつて「高知県護国神社」の西側にあった観光名所で、海に突き出した松の美しさが、人々の心を魅了していました。しかし、道は狭く、車での通行は難渋だったそうです。

法師ヶ鼻

 戦後、焼け跡からの復興が進むと、高知にも様々な交通機関が普及しました。その中には、「今では見られないもの」もいくつかあります。その一つが、ここで紹介する「五台山ロープモノレール」です。
 五台山は、現在、高知県立牧野植物園や竹林寺、展望台などがあり、高知市でも人気の観光スポットです。この山にはかつて、モノレールが設置されており、気軽に山頂に行けるようになっていました。昭和44(1969)年に設置されたこの乗り物は、当時、世界的に見ても珍しい「自走式」で、同48年には、人気特撮番組「仮面ライダー」シリーズでアクションシーンのロケ地になったこともあります。筆者は先日、そのエピソードをCS放送で見たのですが、モノレールの姿があらゆるアングルから確認することができ、たいへん貴重な映像資料となっていました。
 しかし、人気を博したモノレールも、山頂への道路整備が進み、マイカーが普及する中、同53年に休止、同57年に廃止されました。モノレールが稼働していたのは10年ほどの短い期間でしたが、五台山観光に大きな貢献をしたことは、間違いないでしょう。

五台山ロープモノレール

 
 マイカーの普及は、必然的に道路や橋の拡充を促しました。特に、陸地と陸地をつなぎ、自動車での移動時間及び距離を大きく短縮した大型架橋の発展は目覚ましく、昭和40年代の後半から50年代にかけては、土佐市に宇佐大橋(昭和48年)、現・高知市の春野町に仁淀川河口大橋(昭和52年)、高知市中心部に鏡川大橋(昭和56年)などが造られています。
 その中で、同47年7月に高知市の浦戸と種崎を結ぶ「浦戸大橋」が開通したことは、高知県の交通事情に大きな影響を与えました。両地は、直線距離にしたらわずかな距離ですが、その間には海があり、対岸に行くためには遠回りをするか船を利用しなくてはなりませんでした。この問題を解決したのが、浦戸大橋だったのです。
 総延長1,480m、橋脚の高さが最大50mもの巨大さを誇るこの建造物は、「張出架設工法」という技術により、昭和43年から工事が始まりました。この技法は、橋脚を中心にして左右にバランスを取りながら橋桁を伸ばしていくというもので、「ヤジロベー工法」とも言われています。本展では、この「張出架設工法」によって橋が造られる過程をとらえた写真を展示しています。

浦戸大橋

 それが、これらの写真です。「建設中の橋」という二度と見られない瞬間を記録しています。写真を提供してくださった方によると、①は、桂浜の堤防(現・駐車場付近)から撮ったものだそうです。また、建設中の橋を下のアングルからとらえた②は、高知⇔大阪間の特急フェリーの甲板から撮影されました。なお、浦戸大橋の橋脚が最大50mと巨大なのは、このように大型船が通過できるようにするためです。

高知港

 フェリーといえば、かつて高知と日本各地を結んでいた大型客船「さんふらわあ」を思い出す方もいることと思います。子どもの頃、家族旅行で乗ったという方も多いでしょう。本展では、この「さんふらわあ」が高知港に入港する昭和53(1978)年の写真も、展示しています。これは、本展に当たり、当館に寄贈された空撮写真で、高知港から北方を臨む構図となっています。
 寄贈された空撮写真は他にもいくつかあり、今回、それらの一部をさっそく公開することとしました。県中部から東部に至る広い範囲が記録されており、現在とは違う街や建造物の様子を空からの視点で確認できます。こちらも、ぜひご覧ください。

 本展は、開催初日から大勢の方に来場いただいております。特に年配者のお客様が多く、「懐かしい」「昔は確かにこうだった」といった感想を述べながら夫婦や親子で会話されている様子を見ると、たいへん嬉しく感じます。また、若い方々にも、これを機に高知の歴史に関心を持っていただければ幸いです。
 企画展「高知県の古写真展 ~ふるさと時間旅行~」は、11月13日(金)まで開催中です。ぜひお越しください。

《参考資料》『高知市の昭和』(発行者:山田恭幹)、『写真集 高知市・まちと人の100年』(発行:高知市・まちと人の100年101人委員会)、『戦後50年・高知』(発行人:橋井昭六)、『ふるさとの想い出 写真集 明治大正昭和 高知』(編著者:寺田正、発行者:佐藤今朝夫)、『土佐電鉄八十八年史』(編集:八十八年史編纂委員会)


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